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50歳を過ぎて気づいた、“読む”とは自分を取り戻すことだった

最近、めっきり秋が深くなってきた。秋といえば、まず思い浮かぶのが「食欲の秋」だろうか?「食欲の秋」って、秋になると新米や栗、芋などおいしいものがたくさん収穫できるから、そのような言葉が生まれたのは容易に想像できるが、「読書の秋」はどうだろう?なんとなく、秋は夜が長いからか?とイメージできるかもしれないが、「夜が長い」と「読書」が繋がらない。そんな疑問から私調べであるが調査したので皆様に共有したいと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。


秋の夜、ふと本を開きたくなる。
理由はわからないけれど、ページをめくる音が心地いい。
「読書の秋」という言葉を耳にするたびに、なぜ秋なんだろう?と考えるようになった。


調べてみると、その由来は意外に古い。
平安時代の漢詩「灯火親しむべし」に、「秋の夜は灯をともして読書をするのに良い季節」と記されている。
明治時代になると、文化人たちが「スポーツの秋」「芸術の秋」と並べて広めたことで、
「読書の秋」は日本人の季節文化の一部になったそうだ。
なるほど、“秋は心を豊かにする季節”という感覚が、昔からあったのかもしれない。

でも、理屈だけでは説明しきれない“秋の静けさ”がある。
昼の暑さがやわらぎ、夜風が少し冷たくなるころ、人の心は不思議と落ち着いてくる。
生理学的にも、気温が下がることで体の代謝や脈拍が安定し、集中力が高まりやすくなるらしい。
さらに日照時間が短くなることで、脳内ホルモンのバランスが変わり
人は自然と“内側に戻る”ような心持ちになるという。
つまり、秋は「心が静かになる季節」なのだ。


私は24年間、救急救命士として現場で働いてきた。
真夜中だろうが嵐の夜だろうが、出動指令が鳴れば現場に走った。
命の最前線にいると、1分1秒が重く感じられる。
そんな日々の中で、静けさというものがどれほど尊いかを思い知らされた。
夜明け前、帰りの救急車の中で、
ほんの数分でも“無音”の時間があると、それだけで心が整うような気がした。


秋の静けさには、あのときの感覚が少し重なる。
騒がしかった日々の中で見失っていた「自分」という存在が、
ゆっくりと戻ってくるような感覚だ。
そして、そんな夜にはなぜか本を開きたくなる。

若いころは、読書は“知識を得るための行為”だと思っていた。


でも50歳を過ぎて気づいた。
読むことは、頭ではなく心を整える行為なのだと。
ページをめくるたびに、
張りつめた心が少しずつほどけていく。
文字の向こうに誰かの思いが流れていて、
その言葉を受け取ることで「まだ大丈夫」と思える瞬間がある。


本を読む時間は、まるで心の呼吸を取り戻す時間だ。
忙しい毎日でも、ほんの10分でいい。
スマホを置き、静かな場所で本を開く。
たったそれだけで、少しだけ“自分を取り戻す”ことができる。

救命士として、数え切れない命の最期を見てきた。
そのたびに思うのは、「生きるとは、立ち止まることでもある」ということだ。
走り続けるだけが人生じゃない。

ページをめくるように、ゆっくりでもいい。
人生は、いつでも書き直せる。

読書の秋。
それは“知識の季節”ではなく、“心を取り戻す季節”なのかもしれない。

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