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忘年会の語源を調べたら、年を忘れちゃいけない気がしてきた

本年最後のブログになります。今年から始めたブログですが、みなさまに支えられここまで運用できましたことに感謝申し上げます。

来年も変わらぬご愛顧をよろしくお願い申し上げます。

さて、今年最後のブログは、本日私個人的に今年最後の忘年会に出席してまいります。そこで「忘年会」について書きたいと思います。

年の瀬に読んでいただけると幸いです。

「忘年会」という言葉を見るたびに、
ここ数年、少しだけ立ち止まるようになった。

年を忘れる会。
そう書くけれど、本当に忘れてしまっていい一年だっただろうか、と。

若い頃の忘年会は、正直なところ
「とにかく飲んで騒いで、今年のことは水に流す」
そんな意味合いが強かった気がする。

仕事での失敗も、人間関係のモヤモヤも、
「まあ忘年会だから」で片づけてしまう。
それで翌年を迎えることに、あまり疑問はなかった。

でも40代、50代になってから、
同じようにはいかなくなった。

今年一年を振り返ると、

忘れられない出来事がいくつも浮かんでくる。

うまくいった仕事。
思ったように進まなかった挑戦。
家族のこと、体調の変化、価値観の揺らぎ。

それらをすべて「忘れる」のは、
どこか乱暴な気がしてきたのだ。

ふと気になって、「忘年会」という言葉の由来を調べてみた。

諸説あるが、
江戸時代にはすでに年末の酒宴を指す言葉として使われており、
「一年の苦労をねぎらう」「区切りをつける」という意味合いが強かったという。

つまり本来は、
単に年を忘れるための会ではなく、
一年を締めくくる“節目”の場だったようだ。

そう考えると、
忘年会とはむしろ「忘れないための会」なのかもしれない。

今年、何が良かったのか。
なぜそれはうまくいったのか。

逆に、何がうまくいかなかったのか。
そこには、自分のどんな判断や癖が影響していたのか。

40代、50代になると、
一年の積み重ねは確実に次の年に影響する。

偶然うまくいったことなのか。
再現できる経験だったのか。

反省すべき失敗なのか。
それとも、今だからこそ必要だった遠回りなのか。

そんなことを、
誰かと語り合ってもいいし、
静かに一人で考えてもいい。

少なくとも、
「全部忘れてしまおう」と流してしまうには、
一年はあまりにも重たい。

今年をきちんと振り返ることは、
自分を責めることではない。

むしろ、
来年を少し良くするための準備だと思う。

そう考えると、
忘年会という名前の会でやるべきことは、
忘れることではなく、認めることなのかもしれない。

今年もよくやったこと。
今年、足りなかったこと。

その両方を抱えたまま、
静かにグラスを傾ける。

そんな忘年会があっても、
いい年の締めくくりになる気がしている。

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