料理、特に汁物を作るとき、いつも迷う。
「ちょっと濃いかな?」「薄いかな?」
味見をしては、しょうゆを足し、味噌を足し……そのたびに思う。

若いころは、何でも“濃い味”が好きだった。
仕事も遊びも、全力。
寝る間も惜しんで走り続けてきた。
救命士として、真夜中だろうが嵐だろうが出動し、
「命を救うこと」だけを信じてやってきた。
でも、50を過ぎて気づいた。
濃い味ばかりだと、疲れる。
薄味の良さもある。
静かな時間、家族と囲む食卓、何気ない会話。
そういう“薄味”の瞬間に、実は一番深い旨味があるんだと。
味付けって、不思議だ。
同じ材料でも、作る人によって全く違う。

しょっぱくても“愛の味”なら美味しいし、
完璧でも“心がこもってない味”は、どこか寂しい。
だから、正解なんてない。
大切なのは、“誰のために作るか”だと思う。
人生もそう。
完璧なレシピなんてない。
甘い時期も、苦い時期も、全部ひっくるめて「自分の味」。
失敗した日も、焦がした夜も、
後から思えばそれが“ちょうどよかった”と思える時が来る。
仕事で落ち込んだ日、
家族とすれ違った夜、
それもきっと、人生の味を深めるスパイスなんだろう。
最近、三男が俺に言った。
「父さんの味噌汁、いつも同じ味がするね。」
それを聞いて、少し嬉しかった。
派手じゃないけど、心が落ち着く味。
きっとそれが、“俺の味”なんだと思う。

味付けは、経験で変わる。
そして経験は、愛情で深まる。
焦ってもうまくならない。
でも、向き合えばちゃんと応えてくれる。
――人生も同じだ。
しょっぱくてもいい。
薄くてもいい。
誰かの笑顔を思って作った“味”なら、それが最高の人生の味付けになる。
今日も鍋の前で、味見をする。
「うん、ちょうどいい。」
それは料理の味じゃなく、自分の人生に向けた言葉でもある。
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