勤務明け、誰もいないキッチンに立つことがある。

包丁を握りながら、ふと考える。「俺の料理って、なんなんだろうな」と。
救急救命士として24年間、命の現場にいた。
真夜中だろうが嵐だろうが出動し続けた。
人の“生きる瞬間”と“終わる瞬間”を、何百回も見てきた。
そんな俺が、退職後に夢中になったのが――料理だった。
最初はただの趣味だった。
だが、やっているうちに気づいた。
料理も、現場も、根っこは同じなんだと。
どちらも「段取り」と「観察力」がすべてだ。
火の通り具合を見ながら、焦げそうな鍋を見守る。
まるで患者の容態を観察しているような感覚になる。
「今、少し温度が高いな」「このままじゃ崩れる」
そう感じた瞬間に手を打つ。それが要領というものだ。
そして、もうひとつ大事なのは“心”だ。
どんなに手際よくても、そこに思いやりがなければ味は整わない。
俺が救急現場で一番大切にしていたのは、“心の温度”だった。
患者や家族の不安に、ただ寄り添う。それだけで救われる瞬間がある。
料理も同じだ。
家族が「うまい」と笑えば、それだけで一日の疲れが吹き飛ぶ。
そこに理屈はいらない。心を込めた料理は、人の心をあたためる。
よく、「家事はめんどくさい」と言う人がいる。
俺も昔はそう思っていた。
だが今は違う。
家事も料理も“人生の訓練”だと思っている。
時間の使い方、段取り、気づき、そして感謝。
どれも仕事にも人生にも直結している。
料理のコツをひとつ挙げるなら、「完璧を目指さない」ことだ。
焦げてもいい。味が少し薄くてもいい。
大事なのは「もう一回やってみよう」と思える心。
それが、人生を前に進める力になる。
俺は料理を通して、“生きる要領”を学んでいる気がする。

手際よく、でも丁寧に。焦らず、でも諦めず。
それはまるで、命の現場で身につけた生き方そのものだ。
今日もキッチンで包丁を握る。
音もなく切れる玉ねぎの感触が、なぜか心を落ち着かせる。
「生きるって、こういうことなのかもしれないな」と思う。
家族が笑顔で食卓を囲む――それが、俺の哲学だ。
料理も家事も、要領と心。
それが、俺の“生きるレシピ”である。
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