先日、ふとしたきっかけで「日本三大金運スポット」の話を聞いた。
山梨の新屋山神社。石川県の金劔宮。そして最後のひとつが、まさかの——千葉県の安房神社。
みなさん、千葉県に日本三大金運スポットが千葉県にあったことを知っていましたか?

思わず声が出た。「え、安房神社ってそんなにすごい場所だったのか?」と。
でもなぜ人は、こんなにも「金」に惹かれるのだろう?
ゴールドメダルのように、“1番”や“輝き”の象徴だからか。
それとも、昔から黄金が「永遠」「不変」「価値」を象徴してきたからなのか。
消防士として24年間働いていた頃、俺のお金は“安定”そのものだった。
毎月決まった額が振り込まれ、雨の日も嵐の日も、真夜中だろうが現場に出続けても、給料は変わらない。
あの頃のお金は、まるで静かに流れる川のようだった。
しかし——起業すると、お金の姿は一変した。
ある日は増え、ある日は消え、まるで荒れた海のように揺れ続ける。
ふと思う。「これで家族を守れるのか?」「事業を続けられるのか?」
そんな夜もあった。
だからこそ、人は金運スポットに惹かれるのかもしれない。
不安定だから、安定の象徴(ゴールド)に願いを託したくなる。
迷いがあるから、「ここに行けば運が開ける」と信じたい。
心が揺れるとき、人は何か“形あるもの”を求める。俺もそうだった。
だが起業して気づいた。
“本当の金運は、神社が運んでくるものではなく、自分の行動が引き寄せるものだ” と。
消防士時代にはなかった“選択権”が今はある。
誰に会うか、何を学ぶか、どこに投資するか——自分で決められる。
そして、その選択の積み重ねが売上になり、現金になり、未来の道をつくる。
人は“金”を信じているのではなく、金という象徴を通して“自分の未来”を信じたいのだ。
そう思う。
そして俺は今日も、自分の事業を信じて投資する。
行動は必ずお金を生む。
挑戦は必ず未来を開く。
50歳からでも人生は変えられる。俺自身が、その証拠だ。

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