「馬が合う人って、やっぱり価値観が同じ人ですよね」
こんな言葉を、聞いたことはないでしょうか。
たしかに、同じ考え方、同じ感覚の人と一緒にいると楽です。
でも、少し立ち止まって考えてみると、
価値観が同じ=馬が合う
とは、必ずしも言い切れないことに気づきます。
価値観が似ているのに、なぜか疲れる人
たとえば、こんな経験はありませんか。
- 考え方は似ている
- 言っていることも正しい
- 共通点も多い
それなのに、
なぜか一緒にいると疲れる人。
逆に、
- 考え方は違う
- 好きなものも違う
- 意見が割れることもある
それでも、不思議と話が進む人。
この違いは、どこから来るのでしょうか。
ヒントは「馬が合う」の本来の意味にある
前回お話ししたように、
「馬が合う」という言葉は、もともと
一緒に物事を進められるかどうか
を表す言葉でした。
重要なのは、
同じ考えかどうか ではありません。
- 進む方向
- 歩くスピード
- 間の取り方
これが自然に合うかどうか。
馬と人の関係も、まさにそうでした。
馬は「同じ性格」を求めていなかった
馬に乗るとき、
乗り手と馬の性格が完全に同じである必要はありません。
むしろ、
- 人は冷静
- 馬は少し気が荒い
そんな組み合わせでも、
呼吸が合えば、前に進める。
逆に、
性格が似ていても、合図の出し方やリズムが合わなければ、
馬は戸惑い、止まってしまいます。
ここに、人間関係と重なる部分があります。
馬が合う人とは「違いを邪魔にしない人」
馬が合う人とは、
価値観が同じ人ではなく、
- 違いがあっても流れを止めない
- 無理に相手を変えようとしない
- 目的に向かって並んで進める
そんな人です。
だから、
- 意見が違っても会話が続く
- 沈黙が苦にならない
- 一緒に何かをするとスムーズ
こうした感覚が生まれます。
「合わない人」を無理に合わせなくていい理由
「馬が合わない」という言葉には、
どこか否定的な響きがあります。
でも本来は、
一緒に進むのが難しいだけ
それ以上でも、それ以下でもありません。
価値観が違うからダメなのではなく、
進み方が違うだけ。
そう考えると、人間関係は少し楽になります。
午年に、あらためて考えたいこと
馬は、人を選びません。
ただ、「合う・合わない」を正直に示します。
昔の人は、その姿を見て、
人間関係にも同じことが言えると感じたのでしょう。
- 合う人とは、自然に進めばいい
- 合わない人とは、距離を取っていい
それを責めない、
とても実用的で、やさしい知恵です。
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